かつて私は近畿地方北部の山あいで小さなペンション『渓山荘』を友人と経営していました。出資比率的に友人がやや多かったこともあり、友人は社長になり、私は支配人となりました。
ペンションをオープンした理由は、私と同じ世代の方であればわかっていただけるのですが、ちょうどリストラという言葉が耳に馴染んだ頃にリストラされたことがきっかけです。
中小企業の地方都市にある支社で赤字にはなっていなかったのですが、本社の赤字の補填に近いような形で、会社的にはリストラするのは私と同じような年齢であれば誰でも良かったようでした。
そのため、同年代の社員が約10人ほど会議室に集められ、支社長から言われたのは「年内に各支社から2名ずつをリストラしないといけなくなった。」でした。
当初、私は出世コースに乗り20代後半で課長に昇進していたものの、バブル崩壊後に会社の体制が変わったことで出世コースから外れてしまい、窓際へと追いやられていた時に、この話を聞きました。
リストラされた場合の退職金が、通常の退職よりも2倍以上も違うことが魅力的に映り、ほとんど依願退職に近い形でリストラされました。
ちなみに一緒にリストラされた同僚と、すでに飲食店をいくつか経営していた友人と3人でオープンしました。(1年もしないうちに同僚は転職し経営から抜けました)
ペンション経営は、初めは苦しかったのですが、なんだかんだで20年もの間、頑張れました。20年の節目に、改築を考えていたのですが、ちょうどその時に買いたいとう人が現れて、結果バイアウトすることが出来ました。
お客さんが来ない日が休みという以外は、これといって休まずに働き、趣味が釣りくらいなものだったので、収入のほとんどは貯金に回していました。
そのため、貯金はいっぱいありますが、年金がもらえるようになるまでは働こうと思い、仕事を探していたところ、たまたまベトナムの仕事を見つけ応募。まさかまさかの採用され、今ではハノイで働いています。